そう言って、また私を抱きしめる瀬名君。


「バカみたいだ。

そんな嘘に振り回されて。

ガラにもないこと始めて…。

好きな人さえ失って……」


瀬名君、もう言わないで。


それ以上言わないで。


「あの夏、俺がどんな思いで優月から身を引いたか…。


誰にも…。


誰にも渡したくなかったのに」


瀬名君がそう言って、身じろぎもせずに私を見つめている。


瞳に涙の膜が張って、ゆらゆらと揺れている。


「蒼甫にも…」


瀬名君の口から次々に出て来る言葉に、心臓が破裂しそうなほど私の鼓動は速くなっていた。


だけど、そんな私のことなど気にも留めずに、瀬名君は私の頬に両手を置いた。


瀬名君の顔が次第に近づいて来る。


私は身動きが取れずに、銅像のように固まっていた。


瀬名君の唇があと少しで私の唇に届きそうなところで。


瀬名君はピタリと動きを止めた。


そして、フッと鼻から息を吐いて笑った。


「もう、後悔しても遅いよな…。

出会った相手が悪かったんだな、俺」


そう言って瀬名君は、ゆっくりと私を離した。