シュンシュンと真っ白い湯気が立つキッチンで、ミルに豆を入れる。
かじかんだ手でゆっくり回すと、ゴリゴリという音がリビングに響き渡り、ほどなくして、香ばしい香りが部屋中に広がった。
その時、カチャンとリビングの扉が開いた。
「おはよう。お、良い香りだね」
「お父さん、おはよう。
もう少し待っててね。すぐにコーヒー淹れるから」
お父さんが無類のコーヒー好きだった影響で、私も自然にコーヒーが好きになっていた。
カフェのバイトを選んだのは、お父さんの影響だったのかもしれない。
味と言うよりも、挽きたてのこのかぐわしい香りが好き。
早朝のシンとしたリビングで、コーヒーを準備するのが好き。
そんな朝の時間が、私にとって大切な時間だった。
「出来たよー」
カウンターにカップを置くと、お父さんはカップを手にして静かに椅子を引き、ゆっくりと腰掛けた。
新聞を片手にカップを口元に当てると、ゴクッと喉が低い音を立てた。
「おいしい。
優月が淹れてくれるコーヒーが、お父さんは一番好きだな」
そう言って微笑むお父さんの目元が、今日は暗く影を落としている。
25年間という長い時間を会社に捧げてきたお父さんに、突然投げ落とされた倒産という二文字。
それがどれだけ胸を潰すような苦しみなのか、高校生の私にだって想像はできる。
でもお父さんはいつものように、私が淹れたコーヒーを飲む。
いつもと変わらない笑顔のままで。
私もキッチンに立ったまま、そっとコーヒーを口にする。
ほろ苦くて優しくて、お父さんのような香りがした。