秘密戦隊とホームレス宇宙人

今日は家に居づらくて、昼間っから街をブラブラしている。
特に行く当てもない。



佐々木好太、22歳。
フリーターだ。


昔からコータって呼ばれてきた。少なくともこの変な出会いがあるまでは。



目上の人からは目付きが悪いと言われる。

生れつきだからしょうがない。

タメからはヤンキーだったでしょ?と、よく訊かれる。

目付きが悪くて眉毛が薄かったら全部ヤンキーかよ?

後輩の中にはひそかに俺の事を怖い先輩だと思っている奴もいるらしい。

すげぇ優しいのに…。おまけに気も小さいのに。

コンビニの深夜アルバイトをしてもう2年。

それまでは建築現場が多かったせいか、俺の腰はもう完全にやられちゃってる。
完全にブロークン、マイ、ウエスト。

壊れた…俺の腰。


そんな俺が、ある日街で出会った…



“ハイパワーなベルト”




この運命の出会いが、俺の平凡だった人生を、薔薇色……いや、真っ黒に変えたんだ。
「お兄様!お兄様!」


街で七色の変なスーツを着たオッサンに話し掛けられた。40代ぐらいだろうか。


「…え?」
あまりに奇抜な色をしてたもんだから、思わず立ち止まってしまった。虹のようなスーツに、赤の蝶ネクタイ。

幸せそうな服着やがって。俺はちっともハッピーじゃない。


「お兄様!腰痛ひどいでしょ?」


俺はそのオッサンの言葉が意外にも自分にどんぴしゃりだった事に驚き、返事をしてしまった。


「…はい」

この慢性腰痛をわかってくれる人間が周りにいなかったから、少し心を許してしまったのかもしれない。

普通なら、シカトする。いや、シカトしないといけないような、なんとも言えないオーラがオッサンから出ていたんだ。


…加齢臭じゃないぜ。


「わかるよー!でね、とってもいいものがあるから!絶対にお勧めだから!お兄さんだけに紹介するよ」


お兄様からお兄さんに変わった。この段々と距離を縮めていく作戦に、俺はまんまとハマってしまったんだ。この巧妙なトリックに。


「え…いや…でも…」


ノミよりも気がちっちゃい俺は、すぐに断ることが出来ないでいた。


「限定モノだよ」

昔から限定という言葉に弱い俺は、限定モノのスニーカーも沢山買ったっけ。
今じゃ下駄箱に眠ってる。


「大丈夫!見るだけ見てみようよ」


オッサンのその言葉に、俺は勝手な逃げ道を見出してしまう。

見るだけなら…いいか。見るだけ……怪しかったら帰ればいいし…。


そんな俺の考えは、甘かったんだよな。お袋。


「さぁさぁ!どうぞこちらへ」

怪しいオッサンに釣られ、連れられ、怪しいビルの中へ。

大人二人が乗っただけで窮屈な、狭いエレベーターで5階まで昇っていく。
地上からどんどん離れていく。出口が遠くなることで、俺の不安もどんどん大きくなっていった。高所恐怖症じゃないが、1階に戻りたい。

エレベーターで俺の気まずさを悟ったのだろうか、オッサンが話しかけてきた。


「お兄さん、お洒落なジャケットだね」


「…い、いえ」

あんたに言われたくない。七色のジャケットを着ているあんたにお洒落と言われたら、自分のセンスにも自信がなくなってくる。



―5階の一室に案内されると、中は普通のマンションみたいだった。マンションに住んだことはないが、TVドラマで見たことがあるような部屋で、生活感があった。―が、他に人の気配はない。


「どうぞ、おかけ下さい」

言われるがままに椅子に座る。
ダイニングテーブルが家庭を思い出させる。

帰りてぇよー!お袋ー!

俺は心の中心で叫んだ。


無事に帰ったよ。…結果論で言えばだけど。


「どうぞ」


「あ、おかまいなく…」

お茶を出されるが、飲む気がしない。
お茶の中に「はい」としか言えなくなる薬が入ってるとは思わないが、入ってないとも言い切れない。


「じゃあ、早速本題に入るね。お兄さんの腰痛を治す、最高のベルトがあるから」


「はぁ」


「…ジャジャーン!腰椎ハイパワーベルト!」

オッサンは真っ黒なベルトを出した。形はTVで見たことがある。骨盤をサポートするベルトだ。


「これがね、普通のサポートベルトじゃないんですよ!なんと磁石が入ってます!」


「はぁ…」
磁石が入ってるのも珍しくはないだろう。色が黒なのは、ちょっとお洒落な気もするけど。


「これが物凄い磁力なんですよ!今の地球の技術力じゃ作れない程の磁力なんです!」

じゃあなんでここにあるんだよ…。
俺は怪しくて話半分で聞いていた。


「超強力磁石でコリや腰痛なんかイチコロですから。一撃でコロリですから」

…なんで言い直したんだ?


「で、まあ実際に付けてみないとわからないと思うので…ちょっと立ってみて下さい」


俺はオッサンに促されるまま、立ち上がってジャケットをまくると、ベルトを腰に巻かれた。

―その瞬間、確かに腰が軽くなるような感じはした。何か、自分の身に変化があったのは確かだった。


「ね?ちょっと軽くなったんじゃない?」

「…まぁ…確かに」


「でしょ!効くでしょ!?ね?オッケー?」


「…はい。いいとは思います」


「あ、じゃあ決まりだね。お買い上げですね」

オッサンは勝手に話を持って行く。


「い、いや…ちょっと」

「いいっていいって!安くしとくよ!お兄さんには特別だから」

いや、いいって言いたいのは俺のほうだ。


「てか、いくらなんすか?」

値段を見ずに買える訳がない。


「本当はね96マンなんだけどね…よんじゅ……んえん」

「え?え?」

後半部分が全然聞き取れなかった。普通、通販番組でも安くなった値段をハッキリ言うだろう。明らかに濁したんだ。悪意を感じる。


「いくらですか?」


「96万円が48万円!安いでしょ!半額だよ!?」


「……48!?」

安い訳がない。1万ぐらいまでなら、オッサンのセールストークに負けを認めて、出してもいいかなと思ってしまった。48万は完全にボッタクリだ。


「…いや、48万なんて金ないですから、いいです」

俺の弱弱しい断りの声に、オッサンは全く動じなかった。悪徳商法のベテランの意地ってヤツか。


「大丈夫ですよ!分割で月々1万円の48回払いでできますからね。お求め易いですよね!月一万円で、腰痛とずっと縁遠い生活が送れるんだから」
「い、いや…」

「一回買っちゃえば一生モノですからね!安いでしょう。さ、これが書類ですねー。ここに印鑑…あ、拇印でいいですよ」


「いや、いらないっす」
俺は勇気を振り絞って言った。


「じゃあ、分割コース…月3千円にしときますか?ガス料金と同じぐらいのがいいかなぁ?負担にならないし」


「いや、そういうんじゃなくていらないっす」

3千円づつ払ったらいつ返し終わるんだよ…。13年…いや、利息がつくから、もっともっと延びるだろう。


「…もう、お兄さんには特別だよ!これナイショね!…仕入れ値と同じで儲けがなくなっちゃうんだけど、さらに半額の24万でいいよ!」


「え?」

一瞬安いと思ってしまった自分がいた。96万円から考えれば大分安い。もっとも、96万の価値があるものだったらの話だが。


「じゃあ、オッケーね!持ってけドロボー!」

俺の人差し指を押さえて、勝手に指を朱肉に付けようとする。完全に悪のやることだ。

「い…いや、いらない…っす!」
俺も必死で抵抗する。

手を振り払うと、オッサンの目つきが変わっていた。ニコニコしていたオッサンはもうそこにはいなかった。

「…もう、しょうがねぇなぁ。12万でいいよ」

オッサンの態度が急変した。タバコに火を点けている。


「い…いらないっす」


段々否定するのが平気になってきた。よし、もうここを出よう。
帰るのが一番手っ取り早い。
と、俺が立ち上がると、オッサンも立ち上がって俺を止める。
両肩に手をかけられた。


「まあまあ待って、わかったよ。

…7万でいい。

アンタにだけだからさ…。ナイショにしといてくれよ。上の人らに殺されちゃうから」

オッサンはそう言いながら、自分の頬を人差し指でさする。

頬に……傷?

上の人はヤクザ……ってことか?


買わなきゃ痛い目見るよ。俺もアンタも…って言いたいのか?

こ、これは脅迫だ!

そんな怖いこと言ったら逃げづらくなるじゃないか!

ただでさえ逃げづらい密室なのに…。


でも、痛い思いをするなら…7万ならいいかな…と、少し思ってしまった自分の意志の弱さも痛い。


「7万だと分割できないからね…ATMに行こうか?隣にコンビニあるし」

七色の虹のようなスーツを着た男は、笑顔でそう言った。



俺の心の中はどしゃ降りで、雷が鳴っていた。
―無事に家に帰ってきた俺の部屋のテーブルの上には、真っ黒なあのベルトがあった。

結局、買わされてしまった。


「…くそっ」

俺はなんて弱い人間なんだ。
と、悔やむばかり。

かといって、警察に通報する勇気もない。

本当にヤクザと繋がっているとは思わないが、通報した後で、何かされたら怖い。

俺の7万円は、悪徳商法に持っていかれた。

こんなベルトに7万円の価値があるなんて思えない。


その隣には、紺のバッグ。レンタルビデオ店のものだ。


そうだ、今日が返却日だから、返しに行かないと。


俺は溜まっていた映画を2本続けて見ると、内容があまり頭に入らないまま、返しに行くことにした。


駅前のレンタルショップに行くには、今日の昼間にキャッチに遭った、あの道を通らなければならない。

もう夜だし、いないだろう。

紺バッグをリュックに入れる。

ふと、横にある黒のベルトを見る。


「…しょうがねぇ。つけてみっか」


俺はベルトを付けて出かけることにした。


―ヴィン

装着した時に、腰に電気が走った気がした。

腰が軽くなる。


「お、やっぱりけっこういいベルトなんじゃね?」

こう言ってれば、少しは気が紛れる気がしたから。





そのまま家を出た俺は、次の瞬間、風になった。