…ドライヤーの音だけが、だだっ広い家に響いていた。

鏡の中の自分。薄くできたくまが、あの日の沙智さんを連想させた。

あの日のあたし。さぞかしバカな女に見えただろうな。

大人ぶったメイクして、バイト代つぎ込んだ高い服着て。

援助交際でもらったお金を、佐倉さんと会う時に身に付ける物に使ったことはなかった。

小さなあたしのプライド。佐倉さんといる時だけは、あたしの全てでいたかった。

それもこれも全部、無駄な努力だったんだけど。どうあがいても、彼を手に入れることなんて出来っこないのに。

『返して、下さい』

言ってあげたかった。彼女に。

あたしは彼に、キスすらしてもらえなかったんです。



ドライヤーを切った。切ったらまた、静寂が訪れる。

…そう、思っていたのに。

キッチンの方から、冷蔵庫を開ける音が聞こえた。体が強ばる。やがて、パタパタとスリッパの音。

誰か、帰って来たんだ。

『誰か』なんて言い方しなくても、この時間に帰ってくる人なんて1人しかいない。

あたしは眉間にしわを寄せたまま溜め息をつき、鉢合わせしない事を願ってドアを開けた。