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引きずるように歩いた。慌ただしい周りの世界から、まるで孤立しているかの様に。

頭の中では、何度も彼女の言葉が繰り返されている。

『返して、下さい』

返すもなにも、あたしは彼を手に入れてない。

それでも彼女の目で見たら、あたしが佐倉さんを奪った様に見えるのだろう。
皮肉な笑いが口をつく。


…いつも羨ましかった。佐倉さんの愛を受けてる、佐倉さんを正々堂々と愛せる彼女が、羨ましかった。

それでもあたしは、佐倉さんを想う気持ちは負けてないって、出会った時間が違っただけだって、そんな言い訳で自分を正当化させてきた。

敗けた、と、思ったのは、別に彼女の愛の深さからなんかじゃない。

化粧っ気のない顔で、着飾ることも忘れて、最愛の夫を若さを武器に奪ったバカな女子高生の前で、涙を流して懇願する。あの人を返して。返して下さい。

あたしはそこまで捨て身になれなかった。

いつも自分を守ってた。

悲劇のヒロイン面をして、人知れず涙を流すことに優越感を覚えて、佐倉さんに愛されない自分をかわいそがって。