次の日の朝、何日ぶりかの音楽準備室の前に私は意を決して立っていた。


音楽室のドアは開いていたから棗君はいつものように作曲しているんだろう。

肩にかけた鞄の紐を強く握り、反対の手でドアノブを回した。

音楽準備室にはやっぱり、真ん中に置かれたソファに棗君が座っている。

ギターをソファの横に立てかけ、腕組みをし、首は前へ折れ曲がっている。


「棗・・・君?」

近づくにつれて、棗君の肩が小さく上下するのと同時に息遣いが聞こえてきた。

寝てるの?


静かに、棗君の顔を下から覗き込むと、前髪の奥から無防備な寝顔が覗いていた。


棗君でも寝るんだ・・・。


当たり前のことなのに、そう思ってしまった自分にふっと笑いが込み上げる。

あまりにも無防備で、いつもの鬼の眼力を持った棗君とは思えない程の可愛らしい寝顔だった。


どうしようか、と周りを見回すと、机代わりにされている生徒用の椅子に譜面が置かれている。

私が練習している横で棗君が作曲をし、その曲が日に日に長くなっていることを私は知っていた。

ピアノのレッスンで行う、耳コピが小さい頃から得意だった私は、棗君が作った曲をほぼ暗記している。

この譜面は私が朝練に来ていない間にできた分なんだろう。

知らないメロディーが並んでいる。

棗君の横に座り、その譜面を目で追い、鼻歌で唄う。


棗君のこの曲ができるのが楽しみだった。曲調がとても柔らかく優しい。

とげとげしている棗君らしくない曲だとも思ったけれど、今なら少しわかるかもしれない。


怒ったり、偉そうだったり、優しかったり、仲間思いだったり。

子供のように単純かと思ったら、大人のように理論的なことを言う。

不思議な人だなぁ、本当に。




蛍光灯の光に照らされて、天使の輪ができる程に黒々とした棗君の髪。

風が吹いたら何の抵抗もなく、流れていきそうなさらさらの髪。


私はそっ、と右手を伸ばしてみる。