「俺の家に来て、棗は言ったんだ。・・・もう、いいんじゃねぇかって」

たった一言だけど、込められた思いはその言葉の容量を超えている。

馨君の全てを知っているからこそ出てきた一言は、どんな多くの言葉を見繕っても適わないと思った。


どうして私の方が馨君を知った気でいたんだろう。

棗君が馨君のこと、何もわかってないなんてあるはずがない・・・。



「棗はいつも言葉が足りない。だから誤解されやすくて、周りから距離をとられる」


そうやって、棗君を理解しかけていたのに、どうして私は信じることができなかったんだろう。


咲綺ちゃんの言葉がまた浮かんで来ては後悔する。

「俺は、ふたばちゃんもそうだと思うよ」

「私も・・・?」

「うん。棗とふたばちゃんはどこか似てる」

棗君のことを思い出してみたが、似ているようなところがあるとは思えなかった。

それを感じ取ったか、馨君は小さく噴き出した。


「似てるよ。ふたばちゃんも言葉が足りない。我慢した言葉が相手にとって重要なことだってあるんだよ?」

「咲綺ちゃんから聞いたの?」

「だいたいは。咲綺は踏み込み過ぎることがあるから、バランスが難しいだろうけど」

馨君はいつもの人懐っこい、笑顔を見せた。


「君達は不器用だね。とても」


全てを悟ったかのように言うと、机から腰を離して「戻ろうか」と促した。


「馨君ってやっぱり、菩薩っぽい」

「それ、あんまり嬉しくはないって知ってる?」


微苦笑が困った様子を表していたが、私は気にする事無く笑った。

何日ぶりかに心の底から笑えたような気がする。