額を抑えて咲綺ちゃんに向き直ると、人差し指を鼻先に突き付けられた。
「そんなん二の次!」
「え?」
「関係が壊れるからとか嫌われちゃうかも、とか考えること!ふたばは棗の言葉に腹が立ったんでしょ?」
「う、うん・・・」
「それなら腹が立ったってちゃんと言えばいい。それで喧嘩になってもお互い言いたいこと言えたならいいじゃん。大切にしたい友達こそ本当のことを言った方がいい!これ、あたしの持論ね」
突き付けた人差し指をキレ良く上下に動かしながら端正な顔を少し怒らせていた。
「あたし、ふたばの言ったこと間違ってないと思うよ。それなのに、後悔するのは棗にも馨にも中途半端!」
「で、でも、こんな気まずいままなのは嫌・・・」
「それはさ、ふたばが避けてるからでしょ?このまま部活に行かなかったらもっと行き難くなるよ」
「それはわかってるけど、棗君に会うのは気まずい!」
「ふたばも結構頑固だなぁ。とりあえず、行こうよ」
私の手首を掴んで立ち上がらせようとする咲綺ちゃんを必死に制した。
「とりあえずってどうすればいいの!?」
「行って考えればいいんだよ、そんなの!」
咲綺ちゃんだったら、きっと上手く言葉を伝えられるんだろうけど・・・。
「無理無理無理!」
「無理とかでもとかいいから!」
どうしたらいいのかわからないのに棗君に会ったって関係を更に悪化させるだけだと思う。
無理と言っているのに尚も私の腕を引っ張る咲綺ちゃん。
棗君と仲直りしてもちろん軽音部に戻りたい。
だけど今、棗君には会いたくない。
私の中で激しい葛藤が起こり、それを壊そうとする咲綺ちゃんの力強い手が私を引っ張る。
「私は咲綺ちゃんとは違う!!」
思い切り咲綺ちゃんの手を振りほどくと、咲綺ちゃんは目を丸めて呆然としていた。
私も自分のしたことを頭の中で反復し、その場で固まってしまった。
口の中が乾いていき、それと比例するように体温も奪われてみるみる指の先から冷たくなっていくのがわかった。
「ご、ごめ・・・」
「いや、こっちこそごめん!」
私が謝る前に咲綺ちゃんは掌を思い切り良く顔の前で合わせ、そのまま頭を下げた。
「あたし、やり過ぎちゃう時があるんだよね。だから、ごめん!」
もう一度掌を合わせ、咲綺ちゃんは自分の鞄を肩に掛けた。
「今日はひとまずじゃあね!また明日!」
男らしさも感じる程、咲綺ちゃんはさばけた態度で手を挙げて教室を出て行った。
何も言うことができなかった私は口を開けたままの状態でその姿をただ見送るだけだった。