どんよりとした曇り空も音楽準備室に入ってしまえば、気になることは無い。
空模様に関して気にしなくていい代わりに、窓がないおかげで換気もできない音楽準備室の湿度は上がりっぱなしだ。
棗君は暑さに弱いのか、眉間に皺を寄せて苛立ちを露わにするもぐったりしていて危害が少ない。
「馨は?」
咲綺ちゃんは自前の団扇でそよ風を自らに送りながら音楽準備室に入って首を傾げた。
「今日バイト無い日でしょ?何か訊いてる?」
弱った棗君は返事を返す気力も無いらしいが、咲綺ちゃんはそんなことお構いなしに噛み付いた。
「ねぇ、ちょっと聞いてる!?」
その光景を目の当たりにして、次に起きる事態が予想できた私は恐れを知らない咲綺ちゃんを宥めようと近づいた。が、既に時遅し。
「耳元で叫ぶな。鬱陶しい」
「はいー?なんですかぁ?全然きっこえませーん!」
挑発する咲綺ちゃんに睨み殺そうとしているかのような眼力を向けて棗君はゆらり、と立ち上がった。
ひいぃぃっ!!
悲鳴にもならなかった声を飲み込み、ここは私がしっかりせねばと使命感に駆られた。
「わ、私、馨君に電話してみようか!?」
近づく二人の顔の間に押し込む様に携帯を掲げ、「ね!そうしよう!」と至って明るく振る舞う声が虚しく響く。
「あー、そうしてくれると助かるわー」
咲綺ちゃんが同意し終わる前に私は「そうだね!」と空元気を保ったままで携帯電話を操作する。
呼び出し音が鳴っている間、出ろー出ろーと呪文のように繰り返した。
その呪文の想いが届いてか、3コール目に入った瞬間に呼び出し音が途切れた。
『やっほー、ふたばちゃん』
「か、馨君!?」
間の抜けた挨拶が飛び込んできたせいで、馨君を呼ぶ声が上擦った。
「馨君、今日どうかしたの?バイト無い日って言ってたけど」
『あー、それがさー・・・』
会話をしている間、咲綺ちゃんはどうにか声を拾おうと携帯に耳を近づけ、しきりに「何!?何!」と声を荒げていた。
通話が終わり、私が携帯を耳から離した瞬間、咲綺ちゃんが前のめりになって急かした。
「なんだって、馨」
「今日から自宅謹慎だから行けないって」
「何で!?」
「バイト、バレたって」
「それで自宅謹慎?前に友達もバレたけど、1回目は訓告だったって言ってたのに。馨って前科無いでしょ?」
沈黙を保っていた棗君はまだ苛立ちを含んだ顔で溜息を吐いた。
「そんなん、教頭の陰謀だろ」
「はぁ!?そこまでやる!?」
「で、馨は?律儀に家で丸まってるって?」
「それが、少し喜んでる感じで・・・。バイトがクビになったのは痛いけど練習時間が増えたって。部活には行けないけどスタジオで練習するから安心してって。いいのかなぁ?それって」
謹慎を受けた本人とは思えない程、あっけらかんとしていて明るい声だった。
咲綺ちゃんはそれを聞いて逆に安心したようでくすくす笑っていた。
「平気平気。監視されてるわけじゃないし」
その通りだが、自分が当人だったら言いつけ通り、絶対に家で引きこもりを開始するはずだ。
「気になって仕方ないから馨に話聞きに行こうよ」
棗君も同意し、咲綺ちゃんは再度電話をかけて会う約束を取り付けた。