「棗が言ってたわよ。割と骨のある奴が来たからやっと本格的にバンドができるって」
意味がわからず首を傾げたままにしていると、馨君と同じ顔で笑った。
「なんて子?って聞いたら佐伯ふたばって」
「それ、棗君が言ったんですか?」
「そぉよー」
いつも葉っぱと呼ぶか、お前、てめぇと怒り度合いによって変わる私の呼び名は結構酷い。
名前を覚えてもらうことをとっくに諦めていたが、まさかお姉さんの方に紹介していたとは驚きだ。
棗君が私のことをそんな風に思っていたなんて知らなかった。
意外と認めてくれてる?なんて思う。
馨君のお姉さんの口ぶりからするに、この人も棗君と親密度が相当高そう。
馨君と仲がいいから姉とも交流があるのは自然なことかもしれないけど、さっきの会話は棗君らしからぬ言葉のように思う。
そこまで腹を割って話すタイプなんだろうか、棗君って。
「何、溜まってんだ」
噂の中心は眉根を寄せてフロントへ入ってきた。
予感でもあったのか、登場から不機嫌だ。なんて分かりやすい。
「千尋まで何してんだ」
「宣伝よ」
私達に示したように、再度ポスターを示す。
棗君は自分で質問したにも関わらず、興味が無さそうにすぐに視線を戻した。
「今は棗が言ってたふたばちゃんとお話し中」
何故か棗君は私を睨み付け、その吊り上った目のまま馨君の姉、千尋さんに低い声で訊ねる。
「お前、余計なこと言ってねぇだろうな?」
「言ってないよ。ね?ふたばちゃん?」
棗君の視線を感じたが、恐ろしくて棗君を見る気にはなれない。
千尋さんはそんなことを気にする素振りもなく、笑顔でウィンクする。
ウィンクを内緒だよ、という意味に捉えた私は何度か頷いて見せた。
「早く帰れ」
「ちょっと見ようと思ったのに」
「うるせぇ、帰れ」
まるで犬でも追い払うかのように掌を振って千尋さんをあしらった。
「ケチ。じゃ、麻生さん、この無愛想野郎をよろしくお願いします」
深々と頭を下げた後、棗君を睨んで、むくれ顔でフロントを出て行った。
その後ろ姿を棗君は鬼の形相で睨み付けつけているに違いないことは後ろ姿でも見て取れた。