「持って行くものはそれで全てですか?」
この国にある王子の屋敷でプリンセスになるための修行をするために私は今まで両親と暮らしていた家を出なくてはいけない。
そこで、荷造りの終わった私に中肉中背の彼が声をかけた。
「はい…」
自分の未来に希望を見いだせない今の私は、掠れるような返事しか出来ないのだ。
彼が合図を出すと私の荷物を積んだ車が出発する。その音にさらに気落ちした。
「アオ…」
「アオ、しっかりやるんだよ」
「身体に気をつけてね…」
見送りはお母さんとお父さん。
お母さんが連絡して事情を話したことで、お父さんは会社を早退して帰ってきた。
「うん…」
俯いてそう答えると
「さぁ、プリンセス。お手を」
運転手さんに早く車に乗ることを促された。
「…はい」
車に乗り込むとウィンドウを開けた。
「ばいばい…」
まさか、こんなに早く親離れするとは思わなかった。今朝の私だってそんなこと、想像しなかっただろう。
すると、お母さんがいきなりわあっと泣き出した。お母さんの泣き顔なんて初めて見たから、呆気に取られる。酷い罪悪感に襲われた。
わ、私…何も悪くないのに…。
「ごめんね、ごめんね…」
そう言いながらお母さんが号泣するからだ。
泣かないでよ………。
泣かれたら、お母さんのこと責められなくなるじゃんかぁ………………。
そんなことを思っていたら私まで目が潤んできた。
だからつい、言ってしまったのだと思う。
「大丈夫だよ。こんなの悔しいから、絶対、幸せになるから」
こんな自分の運命が憎い。
そうだよ……。
だから…幸せにならなくちゃ。私の気が済まないんだもん。
お母さんは驚いた顔をして、そしてー
笑った。
「元気でね」
その声は届いたかわからない。
エンジンの音でかき消されてしまったかもしれない。
だが、聞こえていても聞こえていなくてもどっちでもいいと思った。
なんでって…?
だって恥ずかしいでしょ…。
親にそういうの………。
走る車の景色に目を置いてため息をすついた私をハワード王子が見つめほんのりと微笑んだことは、王子の側近しか知らないことである。