それからわたしたちは喋り続けた。

お互いの初対面とか。


「恵子は思ったよりおとなしいんやな。」


おとなしい…。

確かにわたしはあんまり喋ってないかもしれへんな。

だって何を喋ればいいかわかんないやもん。


「聞き役が好きやから。」


こんなこと言ったらもっとおとなしいと思われるかも。

でも言った後、もう後の祭り。


「そっか。じゃあ俺が頑張って喋らなあかんな。」


そう言うしんくん。

でもな、わたしはずっと違うこと考えとってん。


もし、2人でいるとこを知り合いに見られたらって…。

しんくんはお世辞にもかっこいいとは言えへんし。

見られたくないんやもん。



早く…帰りたい。


一生懸命話してくれてるのにこんなことばっか考えとった。

さっきは内面がよければとか思っとったのに恥ずかしいと思い始めたらそんな感情とっくの昔に消えとった。


最低な女になってってた。
バイトのこと、学校のこと、色々話を聞いてた。

聞いてたフリをしてた。

向こうが笑えばわたしも笑ってみせる。

でも上の空でなんのこと聞いたか頭には入ってない。


だってわたしは…帰る用事をずっと考えてたんやから。


店に入って1時間半くらいたったかな。

思い切ってわたしは言った。



「しんくん、ゴメン。実は今日、お母さんが具合悪そうやったんよ。さっきメールで聞いたけど返事がないから心配で…。やっぱり帰ってええかな??」


女優になれるんやないかってくらい心配したような声で言った。

すこし眉を下げながら。


「え、ホンマ!?もちろんええよ。心配やな。」


そう言ってしんくんは立ち上がった。

わたしもまたゴメンって言って立ち上がり、バッグを手に取る。

しんくんは2人で食べたものを持って片付けるところに持っていった。


「こんなときに俺誘ってごめんなぁ。」


普通心苦しくなるよな。

嘘ついて、謝らせるなんて最低やわ。


でもこのときは”よかった。”って気持ちが大きくて本当にお母さんが病気になったような気さえしてた。
バス停まで送るというしんくんに丁寧に断って1人で歩いた。

もしバス停までで誰かに見られたら嫌やもん。


後ろから追いつかれないように早足で歩いた。



…申し訳ないという感情、このときはなかった。

自分のことで精一杯で。


出会い系を使えば男の人は選り取り見取りだ。

しんくんのこと好きじゃなくなったし、ほかの人探そう。


こんなことを思った。



内面で好きにはなったものの、やはり外見も大切だと勉強した今回。


次は絶対どんな外見、芸能人に似てるって言われないか聞こうと思った。




そしてしんくんからのメールを拒否した。

指定受信拒否。

そして着信拒否。


最低やけどそのときはヒドイって思わなかった。

自分が被害者とか勝手に思ってたから。



自分の最低さにまだ気づいてなかった高校2年の秋だった。
しんくんと連絡を絶った夜、わたしの親指はまたサイトに繋いだ。

このサイトさえあれば一生男に不自由しないんやないか、って思うくらいたくさんの男の投稿がある。


以前3人とメールしてめんどくさかった教訓を生かし、1人にだけメールを送った。


《20歳で働いてます。車もあるし外見悪いって言われない優しい奴です。よかったらメールください。》


車があるということ、外見が悪いと言われないということ、優しいということ。

すべてに惹かれてわたしはメールを送った。


そして5分後くらいにメールが届いた。


《俺でよかったら友だちになろう。何歳?あと名前も教えて。》

と。


彼の名前はつよしくん。

鳶の仕事をしているらしい。


何度もメールを交わした。

つよしくんは外見はその頃流行ってたアーティストに似てるって言うとった。

カッコイイからメールが届く度にわたしはドキドキしてた。


今度こそ本当に好きになれそうな人と出会ったかもしれん、って。


この頃あっていた”やまとなでしこ”というドラマ。

愛は年収やって言うとったけど絶対愛が1番やって思ってる自分がおった。

愛やったら外見なんかどうでもええはずなのにな。

矛盾だらけや。



毎日メールを交わしてた。

こない日はわたしがメールを入れ、たまにつよしくんからも届く。


つよしくんが

《俺のことつよしでいいで。》

ってメールをくれたことから初めて男の人を”つよし”と呼び捨てで呼ぶことになった。

毎日のメールがいつの間にか日課になった。

電話して声を聞きたいって思ったけど自分からは言えない。

そんな言葉、生まれて男の人に言ったこともないもん。


「話したい、声聞きたい。」


だなんて…。



友だちのヒカルに相談したらまた怪訝そうな顔をした。


「そんな知らない人とメールして怖くないん?」


って相談そっちのけで質問された。


「怖い人じゃないから怖くないよ~。」


そう言ってもヒカルは


「会って、もし脅されたりしたら…。」


って心配ばっかりしてくる。

わたしを否定されたようでちょっとムカついた。

余計なお世話だって言ってやりたい。



でも我慢して

「大丈夫だって。」

って言った気の弱いわたし。
ヒカルにどんなに言われたってつよしとメールをやめる気はない。


でもつよしからはどんどんメールは変なことばかり入るようになってきた。

いわゆる下ネタ。


わたしは本当に男性経験がなく、全然話すこともない。

なのにもし、男性経験がないといって引かれたら…と思うとこわくて。


必死に色々調べて答えてた。


初体験は高校1年生。

ファーストキスは中学2年生。


これくらいなら下ネタじゃないよな。

でもつよしはエスカレートしてた。


《最近いつヤった??》


ヤったってのはアレだよね…。

そこも微妙に考えるくらいのウブ。


どうしようと迷いに迷って


《2ヶ月くらい前かな。》


って返事をした。


つよしのこういうメールが少し嫌だった。

なのに返事を絶対返してた。


多分わたしはまた恋してたんだろう。

簡単な女だな。
下ネタが入ってくるたびにドス黒いものがわたしの心を覆った。

こんな質問答えたくないと思う自分、でも切りたくないと思ってる自分。


今思えばこんな思いまでしないで次の男捜せばええだけの話。

でもそのときのわたしにはつよししか頭になかった。

単純すぎる。


《けいこの感じるところってどこ?》


この質問には答えれなかった。

言うのが恥ずかしかったし、わからない。

返しに戸惑い、迷った挙句に


《恥ずかしいから秘密。》


って経験者ぶって返事をした。



これがいけなかったんや。

嫌なものは嫌って言うべきだったんや。

何でも乗って答えてしまったからわたしは勘違いされてた。
つよしとは電話で声を聞くこともなく会うことになった。

つよしがメールで

《遊び行こう。》

って言ったから。


つよしは日曜しか休みやないらしく、日曜日のお昼から遊びに行くことに。

遊ぶ前に電話してみたかったんやけど自分から言い出すことが出来ひんかった。


十人十色。

いろんな人がおるってことやって自分の中片付けとった。



そして日曜までの間、約4日間も連絡を取り続けた。


《今帰ったで~。》

とか入ってくると

《お疲れさま。今日は大変やった??》

って何気ない会話を始める。


でもやっぱりつよしは最後の方は下ネタに持っていきたがる。


《けいこは1人でしたりせんの??》

とかね。

《せんよー。つよしはするん??》


無知なわたし。

男の人は1人でよくするなんてこと知らんかったから何気なく聞いたんや。


《俺は週に3、4回はするな。》

って回答にわたしはドンビキしたのを覚えとる。

どうやってするんやろか。

想像もこのときつかへんかった。



こんな会話をしとってとうとう日曜日になった。

今日はつよしと初めて会う日。