「は…?」

答えになっていない陸の回答に、夕夏が怪訝そうに眉を顰める。

俯きがちに話を聞いていた晴海がそろりと顔を見上げると、陸は落ち着いた様子で言葉を続けた。

「自分の出自は何も、歳も故郷もわからない。ただお前の名前は“陸”だと――そう名乗るようにだけ教わった」

(歳も、故郷も…わからない……)

「…教わった、って?」

更に訝しむ夕夏に、陸は再び頷いて見せた。

「俺は…時間の経過も曖昧だけど、多分四年くらい前にある場所で目を覚ましたんだ。それより前のことは、いくら思い出そうとしてもわからない」

夕夏は困惑気味に目を瞬きながら、小首を傾げた。

「記憶喪失…ってこと?」

「何らかの理由で記憶を失ったのか、元々それ以前の記憶を持たないのか…当初はそんな疑問も浮かばなかった。俺はその頃…他人と意志疎通が取れる程、言葉を知らなかったから」

ふと陸が誰もが知っているような、生き物や道具の名前を知らなかったことを思い出す。

「四年前の俺は、記憶どころか言葉すら持ち合わせていない、空っぽの状態だったんだ。だから周りにいる人間から、色々な言葉を教えられた」

知識に偏りがあるのは、そのせいだったのか。

「…君がいた場所は、一体どんなところだったの?」

「俺以外に同じ年頃くらいの子供が何人かいて…それよりもっと沢山の大人がいた。子供たちはみんな能力者だよ」

不意に、賢夜がぽつりと独り言のように訊ね掛けた。

「…その中の一人が、うちの弟か」