「あ、ありがと……母さんと二人きりだから、炎夏に来てから必要に迫られて覚えたんだけどね」

「炎夏に、来てから?」

「…私、生まれは秋雨(あきさめ)なの。でも色々あって炎夏に引っ越すことになったから…まだ此処に住み始めて三、四年くらい」

秋雨は、湿度が高く涼しい気候の国だ。

決して秋雨が住みにくかった訳ではないが、あの国は年間を通してかなりの頻度で雨が降る――

「あ…あのさ、晴」

「晴、陸、ただいま~!二人共いい子で留守番してた?」

ふと陸は何かを言い掛けたが、ちょうど帰宅した仄の声に被ってしまい晴海には届かなかった。

「母さん、お帰り」

「あれ。陸の髪、少しすっきりしてる?晴、切ってあげたの」

「う、うん。大丈夫かな、自分じゃ上手く切れたか良く判らなくて…」

「なかなかいいんじゃない?前より顔がよく見えるようになったし、あたしは今のが好きだよ」

仄はけらけらと笑いながら、陸の髪をわしわしと掻き回した。

「わあ、ちょ…仄さん…!」

あの撫で方は、仄は機嫌が良いときに良くするやり方なのだが、されているほうは実は目が回る。

(母さん、ご機嫌だけど何かいいことでもあったのかな)


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