誰に何と言われようと、京が陸に対する想いを語るときの言葉には嘘はないように思う。

「…京様にとって陸様は、やっと念願叶ってお生まれになった、大切な弟君なのよ」

「念願、ですか?」

「京様は言葉を憶え始められた頃から、お母様を恋しがったり…兄弟を持つことにとても憧れていらしたの。旦那様は当初、先妻様を亡くされたその後は再婚されないおつもりだったし」

確かに京の口からも、彼の生母は病で早世したと聞いている――

「京様は当時、私と一緒に京様のお世話役をしていた愛梨様にとっても懐かれててね。色々あったけど、京様の後押しがあってやっと旦那様も愛梨様との再婚を決めたの」

「それじゃあ…」

「ええ、お二人の仲を取り持ったのは幼い京様なのよ。でなければ陸様は、お生まれにならなかったかも知れないの」

京が、周と愛梨を引き合わせて、陸が生まれる切っ掛けを作ってくれた。

そんな彼が、陸や愛梨の存在を疎んじるなんて考えられない。

「だから京様は、陸様のこととなると少し過保護なくらいだったわ。それに陸様が何か悪戯なさっても、いつも笑って許すか優しく諭すことしかされなくて」

一通りの作業を終えた咲良は、不意に小さく溜め息を落とした。

「だけど京様は一度だけ、手を上げて陸様を叱ったことがあるの」

「…一度だけ?」

「そう、一度だけ。その直後に陸様は京様に反発して、邸を飛び出されて…そのまま行方不明になってしまわれた」

「!」

「仲直り出来ないまま、陸様と喧嘩別れする形になってしまわれたから。京様は未だにそのことを悔やんでらっしゃるんだわ」

――陸は記憶を失っている、と説明したとき京が困惑や哀楽が綯い交ぜになったような、複雑そうな表情を見せたのを思い出した。