「けど私の知っている父は、何の名声も肩書きも持たない只の医者でした。だから、全然実感が湧かなくて…」

「ああ。訊いた話に拠ると、元々専門は医学者なんだが、何故だか別分野のほうで名が知れちまったそうだよ」

「え…」

父はちょっと抜けた一面のある人だとは思っていたが、まさかうっかり専門外で有名になってしまっていたとは。

医師としては――腕は悪くなかっただろうに――全くの無名で日々の暮らしにも悩んでいた程だったのに。

「…陸も、月虹で父と出逢っていたみたいですね」

「そのようだな…陸は君に、そのことを話すべきか否か随分迷っていたよ。悩んだ末、話すと決めたようだが」

「…!」

もしかして「大事な話がある」と言っていたのは、父のことだったのだろうか。

結局は、陸の口からそれを聞くことは叶わなかったが――

「…父が月虹で亡くなった話は、香也から聞きました。私の弟が、まだ月虹にいるということも」

陸が時折、面識のない父のことを気に掛けていたのは何故なのかが漸く解った。

「そう、か……一つ、息子を弁明させて貰えるのなら…これだけは解ってやって欲しい」

「…え?」

周の言い回しが、時計塔で別れる際に陸から告げられた言葉と似ていて、少し胸が苦しくなった。

「あの子は決して、才臥さんへの負い目から君を気に掛けていた訳じゃないんだ。陸は…月虹も才臥さんも関係ない昔から、君を見ていたんだよ」

「昔、から…?」

その言葉の意味が解らず首を傾げると、周は何か確信したかのように頷いた。