夕夏が息をつきながら、少々うんざりした声を上げた。

「そういえば陸、転移魔法って使えるのか?」

「…悪い、使えないんだ。使えたとしても人一人、一度だけすぐ近くに移動させる程度しか…」

もし能力が万全なら、確かに全員一気に天辺まで移動することは簡単だっただろう。

「だよな。使えてたら最初から使ってるか…ごめん、宛てにした訳じゃないんだが」

「地道に昇るしかないでしょ…!よし、行くかっ」

「――待てよ、陸」

「!」

背後から焔の燃え上がるような音と、自分を呼び止める声が聞こえた。

「今日は炎夏のときのようには行かないぞ…?」

振り返った先に、見慣れた黒髪と金色の眼をした男が立っている。

背丈は実に、傍らの賢夜とほぼ同じと言っていい程だ。

「慶夜…っ!」

「炎夏で一緒だった女、才臥の娘なんだってな?通りで妙に気に掛けてると思ったが」

ゆらりと首を傾けながら、慶夜は愉快げに薄笑いを浮かべた。

「良かったなぁ、これであの女もお前と仲良く月虹に行けるだろ?残念ながら、死んだ才臥には逢えないがな…」

「…っ晴を月虹に連れて行かれて堪るか!」

身構えた瞬間、賢夜が陸の目の前に腕を伸ばした。