「悪いね、陸。娘が変なのに好かれたばっかりに厄介な話になって。怪我人のあんたに頼むのも酷い話だけど…晴のこと、頼むよ」

「でも…っ」

陸は何か言いたげに大きくかぶりを振った。

「陸は優しい、いい子だ…娘とどうせ離れなきゃならないなら、あの馬鹿息子に連れて行かれるよりも、あんたと一緒に連れてって欲しい」

「母さん…」

仄は一瞬だけ泣きそうな憂いを含んだ眼で、こちらを見つめた。

母のこんな顔を見るのは、初めてかも知れない。

「だから、自分が私から晴海を取ったなんて思わないでよ?私がそれを望んだんだ」

「……仄さん」

「有難うね、陸。短い間だったけど…息子がいるみたいで楽しかった。何も死に別れる訳じゃないんだ、そんな泣きそうな顔するんじゃないよ」

仄はいつものようにけらけらと笑って見せたが、自分も陸も、上手く笑い返すことは出来なかった。

「だって、私…っ急にこんなことになるなんて……」

「人間生きてりゃ色々あるってことだ。何ごとも楽しんだもん勝ちだよ、気楽に考えな」

「っ…うん」

「裏庭から行きな。港に近いし役人も少ないだろ」

「わかった…」

まだ泣きそうな顔しか出来ないでいると、仄は困ったように笑った。

次いで仄は両腕に晴海と陸を引き寄せると、少し痛い程強く、二人を抱き締めた。