──榊先生の“コレ”を知っているのは、今のところ学校内ではわたしひとりだけ、らしい。

わたしが知ってしまったのも、偶然のことで。人気のない校舎裏で、先生が電話で一方的にカノジョをこっぴどく振っているところを、聞いてしまったのだ。



《……うるさいな。おまえ、もういらないから。……じゃあな》



普段わたしたち生徒に接するときは、常に敬語で物腰もやわらかくて、一人称も『僕』で。

清潔感のある短い黒髪に、シミひとつない白衣。

いつもにこにこやわらかく笑っている若くて綺麗な顔の榊先生は、生徒たちからもすごく慕われていた。


だけどそのとき見つけた榊先生は、いつもきちんと留めているシャツのボタンもいくつか外し、片手には火のついたタバコを持って、普段からは信じられないような口調で電話をしていて。

そして校舎の影から自分に注がれる視線にあっさり気付いた先生は、わたしを流し目で見ながら、にやりと口角を上げたのだ。



《──ああ、見ちゃった? 見られたなら仕方ねーや。せっかくだし、雑用でも手伝ってもらおうかな》



……そんなわけで、特に部活動にも所属しているわけではないわたしは、放課後しょっちゅうこの保健室で榊先生と一緒に過ごしているのだけど。