幸治の部屋に入って来た安田は、怒りで顔を真っ赤にしていた。
目も充血している為、相当怒っているようにも見受けられるが、これは寝起きの充血だ。
「おい幸治。お前どういうつもりだ?」
幸治は、安田に見向きもせず、せっせと荷造りをしている。
「なにが?」
「なにが、じゃねぇだろ。なんで急に兵庫に帰るんだよ。年越しはこっちでするって言ってたじゃねぇかよ」
「気が変わったんだ」
「気が変わったって、お前」
安田は腰に手を当て、溜息をついた。
それでも幸治は、黙々と荷造りを続ける。
「安田さんは知ってるんでしょ。松岡和幸が、元総理の松岡幸蔵の息子だったって」
安田は驚き、幸治を見た。
「お前、なんでそれを?」
「僕だって馬鹿じゃないから。表札に書いてあった名前を見たら分かるよ。昨日、布団に入った時に気がついたんだ。松岡幸蔵が、元総理の松岡幸蔵だってことに。」
「いや、つったって同姓同名かもしれねぇじゃねぇか。松岡幸蔵なんて、そこら中にいそうな名前じゃねぇか」
幸治はそれを聞くと、うんざりした様子で溜息をつき、安田を睨んだ。
「だから嫌なんだ。そうやって重要な事は僕に隠そうとする。盗聴器だって、美帆から聞いて初めて知ったんだ」
「いや、だからってお前…」
幸治は、なだめようとする安田に構わず続けた。
「さすがに、あんな豪邸を見たら誰だって気付くよ。普通、家に警備員なんていないでしょ。だから僕はもういい。僕は安田さんとは違う方法で調べるよ」
そう言うと、幸治はドラムバッグを掴み立ち上がった。
「おい、ちょっと待てよ」
「心配しないで。4日までには帰ってくるから」
幸治はそう言うと、安田の制止を無視して家を出て行った。