四月からのサユちゃんだけを見ても、人の話を否定することは一度だって無かった。
いつだって笑って聞いて、まずいところはうまく調整して波風を立てない。
思えば昔からそうだ。
保育園の時だって、悔しい時もいつだって「いいよ」って言ってた。
そんなサユちゃんを見ていて、俺はなんだか悲しくなったのを覚えている。
いつもそうだから。
だから誰も、彼女が傷ついているのになんか気が付かなくて。
……俺は、それをわかってあげられる存在になりたかったのに。
全然なれてない。
こんなに近くまできたのに、彼女はまだまだ遠い。
「……畜生」
「なにが」
「なんで俺、こんなガキなんだ」
彼女が年上好きなのは、大人は彼女を傷つけないからだろう。
俺みたいに、感情的になって怒鳴りつけたりしない。
守りたいのに、俺が彼女を傷つけてる。
頭を抱えて座り込むと、上のほうから溜息が聞こえてきた。
やがて頭を叩かれる強烈な感覚に顔をあげる。見上げると、仁王立ちした新見が上履きを手に持っていた。
ちょっと待てー!
俺は上履きで叩かれたのかよ!
「なにすんだ。きたねぇ!」
「落ち込んでんじゃないわよ。気持ち悪い」
「頼むから少しは優しさを見せろよ、お前は!」
「優しくして慰められたらアンタ満足なの?」
何故か逆にキレられて、俺は姿勢を正して立ち上がる。
「そ、それは」
「責められたいって顔してるから責めてやったんでしょ! 反省したならもう終わりにしなさい。傷つけて心苦しいなら謝りにいけばいいでしょ。さあ、さっさと行きなさいよ」
ドン、と背中をどつかれて俺の足は一歩前に出た。
「新見」
「根性見せなさいよ。男でしょ」
「……お前いい奴だな」
そう言って、廊下をかけ出すと背中に小さな声が聞こえた。
「アンタも割といい男よ」
わかりづらい優しさを、嬉しいと思ってしまった。
珠子があんなに新見を慕うのが、理解出来たような気がする。