話が終わったタイミングを逃さず、サユちゃんを呼ぶ。


「なあに、サトルくん」

「これでどう? おかしいところ言って」

「えー大丈夫だよ。上手上手。赤塗ったら、赤ベコっぽくなってきたね」


サユちゃんも褒め言葉が軽い。
畜生、どうせ俺は下手くそだよ。


「ここだけ、ちょっと直すね?」


俺の脇にちょこんと入ってきて、刷毛で線からはみ出した赤色を整えていく。


「サユちゃん、上手いね」


同じ刷毛を使っていて、どうしてこんなに違うんだ。
思わず近づいて、彼女の手元を覗きこんだ。

すると何故か、サユちゃんの動きが止まる。

なんだ? 
不思議に思って顔を見ると、心なしか頬が赤いような……。


「中津川くん、それセクハラ?」

「え?」

「近くない? 距離」


新見が非常に冷静な声で言う。
確かに言われてみれば、前髪同士がくっつきそうなくらい近づいてはいた。でも絵を見てるんだからこのくらい普通じゃねぇ?
とは思うけど、冷やかすでもなく、ふざけるでもない新見の言い方だと洒落にならねぇ。


「あ、ごめん」


とりあえず謝って離れると、サユちゃんは「あはは」と笑っていつもの調子に戻った。


「近くで見られたらキンチョーしちゃった」

「ごめん。上手だったから」


そんな会話を交わす俺達に、なんだかトゲトゲした視線が突き刺さってくる。視線の主は入り口付近にいた。


「ギリギリギリ」


書類に噛み付きながら、じっとりした視線を投げつける男、夏目信也。
お前まだいたのかよ、さっさと自分の持ち場へ帰れ!

自然ににらみ合いのようになり、夏目に怨念を投げ続ける俺の頭を、新見が丸めたプリントでスコーンと叩いた。


「いてぇ!」

「雰囲気がうざい! アホなことしてないで仕事しなさいよ」


あまりにももっともな意見に、俺は反論する事もできなかった。