「いいか。あそこが美術室だ。サユは放課後大体あそこにいるんだ。よくこっち見てるぜー。いや、俺を見ているのかも知れないな」
「なっ」
うんうんと、自らに納得させるように木下は頷く。
ムカつくな、このおっさん。自惚れんなよ。サユちゃんはどうせただ外を眺めているだけだろうが。
「しかし俺にはれっきとした彼女がいてだな。サユの気持ちには応えられんのだ」
「え、嘘」
思わず素で答える。
「本当だ。サユには悪いが」
「そっちじゃねぇよ。先生ホントに彼女いんのか?」
「いるぞー、美しいぞ俺の彼女は」
うわー趣味悪!
なんでこんな赤ジャージの変な男がもてるんだよ。世の中間違ってんだろ。
じゃあ待て。
そしたらサユちゃんは……。
「だから俺はお前に協力しよう。サユは俺の可愛い生徒だ。幸せにしてやってくれ」
それは頼まれなくたって勝手にやるけどさ。
つーか。なんでこんな男に上から頼まれなきゃいけないのかな。その事自体にムカつくんだけど。
「センセ、うぬぼれすぎじゃん? なんでサユちゃんが先生の事好きなような言い方するわけ?」
思わず本音をぶつけると、木下はますますいやらしく笑う。
「馬鹿だな。あの懐き方見てりゃ分かるだろ。ああ俺って罪な男」
「罪な男じゃなくて馬鹿な男だろ」
「なんか言ったか?」
悪口はあまり耳に入らない便利な体質をしているようだ。まあ木下のことは正直ホントにどうでもいいんだ。
ただ気になるのは、サユちゃんのことで。
もし、本当にサユちゃんが木下を好きなんだったら、彼女にとっては失恋だ。
泣くのかな、サユちゃん。
頭の中に、頬をたくさん伝う涙が蘇る。
サユちゃんの涙はキレイだ。
だけど、見ていると胸が痛くなって困る。