「今年の絵には、サトルくんを描こうって思って。でも恥ずかしいから、こんな小さく」


ふふ、と笑って彼女は指でなぞる。
まだ鉛筆の下書きのままの、小さな陸上部員数人。この中の一人が、俺なのか?


「木下先生とは、本当になんでもないんだよ。私、大人の人だと安心しちゃってそれでちょっと甘え過ぎちゃうのかも。ほら、恋愛とかの対象外になるから」


いろんなやつから告白されて断ってばかりいるというサユちゃん。
同い年の男には気が抜けないってことか?


「でも、サトルくんに嫌な想いをさせてたんならごめんね」

「サユちゃん」


嫌な思いなら、サユちゃんの方がよっぽどしているはずだ。
変な噂を立てられて、勝手にヤキモチを焼かれて、しかもそんな怪我まで負って。


「……怪我させてごめん」

「サトルくんが気にすることじゃないよ。絵が描けないのはちょっとキツイけど、治ってから一気に描いて間に合わせるから」

「ごめん」


笑ってくれるサユちゃんに、俺は謝罪の言葉しか出てこない。


「勝手にヤキモチも焼いて……ごめん」


白い包帯が目に痛い。サユちゃんが大切なのに、どうして俺は傷つけることしか出来ない?
守りたいなんて。俺がどの面下げて言えるんだ。


「サトルくん……」


サユちゃんも、言葉を失くして黙ってしまった。
俺のせいだ。俺が落ち込んでるから彼女も何も言えなくなる。
空元気でも笑わなきゃ。
そう思うのに、顔が引きつって余計変になる。

俺は子供だ。自分でイヤになるほど、情けなくなるほど。キミを守れる大人になれない。


「送るから、帰ろう」

「……う、うん」


気まずい空気はなかなか戻らず、俺が教室の外に向かったのをきっかけに、俺達は動き出した。
サユちゃんはまだためらいがちに何度か美術室を振り返ったが、やがて諦めたように俺についてきた。