「……なんかイヤな雰囲気だな」
「あ?」
颯は俺の呟きに、鼻で笑ったような声をだす。
「サトルはもしかして気付いてねーんだ」
「何を?」
ふいに颯から漏らされた物騒な一言に眉を寄せる。
「ほら、例の噂。今はおかしな方向に向かっていってんだけど」
「おかしいって?」
眉を寄せて尋ねると、颯は俺をマジマジと見て言う。
「ホントに知らなかったんだ。俺はてっきりしらばっくれてるだけかと思ってた」
「だから何なんだよ」
走りながらだと会話も進まない。
俺達は体育館の陰に入ったところで立ち止まった。呼吸が落ち着くのを待って颯に詳細を促す。
「噂がヒートアップしてるんだよ。俺の聞いたのは、例の学級委員と葉山先輩の間でお前が取り合いになって、殴り合いの喧嘩をして葉山先輩が勝ったとか。葉山先輩は男好きで、木下先生も騙されてるとか。あと学級委員は葉山先輩に内緒でお前を路地裏に引き込んでキスしたとか。まあ色々。脈絡なさすぎて俺は逆にウケた」
「なんだよ、それ」
俺は一瞬で青くなる。
なんの根拠もなく、と言いたいところだけれど、全く火の気が無かったとも言えない。
殴り合いの喧嘩うんぬんは先日の三年三組での話し合いが火元だろうし、サユちゃんが木下と仲いいのもまあ概ね事実。時系列的には本当なら前のはずだが、新見が俺を脇路地に連れ込んだのも事実だ。いや、キスはされてないけど。
噂なんだから勝手に膨らんで行くのは仕方ない部分もあるが、実際のサユちゃんはあんなに純情で、新見はあんなに男前でイイヤツなのに。
俺達の中ではちゃんと解決してきたものが、心ない人間の言葉でおかしな醜聞になっているなんて。