「水沢さん」


おやじがぽつり呟いた。


え…?


今、何て言った?


「あの子はいいね。良く動くし、良く気がつく。

バイト時代から知ってるけど、あの子を採用したお前は、なかなか人を見る目があるよ」


ちょっと待て。


由梨を引き抜くだと…?


「おやじ、それはダメだ」


「どうして?」


やべぇ。指が震えてる。


「それだけはダメだ。谷口じゃダメなのか?アイツの方がキャリアあるし」


「谷口さんはあの店に必要だろう?
オープン当時からいて、一番店のことを把握してるんだから」


「由…水沢だって俺の店に必要な人材だ。アイツがいないと本当に困るんだ。店が回らない」


「おいおい。あの子一人に頼るようなマネはするなよ?他の子も育てて、バランスをとらないと」


「ダメだ。水沢はダメ」


俺の言葉に、おやじが目をぱちくりさせている。


「まぁ、お前の意見だけ聞いてもな。本人に確認しないと」


「しなくていい」


そんなの、聞くまでもない。


「うーん。でも、あの子の将来考えたら、高級店で仕事するのは、良いキャリアアップに繋がると思うけどなあ」


たとえ、そうだとしても。


由梨を手放すなんて、俺には…。


「まぁ、夏樹。もう少し時間をやるから。

じっくり考えてみてくれ」


おやじの言葉に、俺はぎゅっと目を閉じた。


何を考えろって言うんだよ。


そんなの…。


考えたくもないよ…。