「水沢、帰るぞ」


そう言う社長の目は少し冷たい。


私は朝日さんが気になって、朝日さんの方に視線を向けた。


朝日さんの目にはあまり力がなくて、呆然と立ち尽くしている。


何か声をかけなくちゃ、そう思って前に出た途端、社長に腕を引かれた。


「行くな」


社長の声が、すぐ私の後ろで聞こえる。


その手の強さに、ドキドキしてしまう。


私はゆっくり社長を振り返った。


「社長、少しだけ。

ほんの30分でいいんです。

朝日さんと話をさせてください。

ちゃんと晩御飯も作りますから。

DVDも一緒に観ましょう。

だから、勝手に一人で観ちゃダメですよ」


私はそう言って、にっこりと笑った。


「水沢…」


少し戸惑うような顔をする社長。


「……わかった。30分だけだぞ?」


社長は、ふぅとため息混じりに言った。


「ありがとうございます」


社長に買い物袋を手渡すと、私は朝日さんのところへと走った。


「朝日さん、少しドライブしませんか?」


私の言葉に、朝日さんの硬かった表情が戻っていく。


「夏樹…、いいのか?」


朝日さんが柔らかな髪を揺らして、社長の方をチラリと見た。


「あぁ、ただし30分だけな」


社長の言葉に朝日さんは何も言わず、私の背中を押して車に乗せてくれた。


朝日さんも車に乗り込み、ギアをDに移動させる。


アクセルを踏むと車のタイヤがキュッと音を立てて、社長のマンションの近くから走り出した。