また、だ。
またこの顔。
苦しそうで、悲しそうで、悔しそうで、見てる方が心が痛むような、そんな顔。
でもどうして、そんなことを考えるよりも先に聞こえた声に私の心はドキンと音をたてた。
「磯宮先生なら、さっき帰ったよ?」
それは全然嫌な風にじゃなくて、恋をしてる証拠。
「……矢野、先生?」
名前を呼ぶと、千堂くんが気を遣って私にも先生が見えるように少し横にずれてくれた。
「おぉ、阿波も一緒か。二人とも遅くまでお疲れ様」
すると笑顔の先生が見えて、優しくそう言った。
先生に会えたという嬉しさ、先生と話せた嬉しさから、自然と頬が緩むのが自分でも分かる。
もしかしたら、他の人からすればちっぽけなことかもしれないけど、私にはじゅうぶんな幸せなの。
「………ん」
「鍵、確かに預かりました」
千堂くんが下を向いて、鍵を持った右手を前に出して先生に鍵を渡した。