「鍵返しにきましたー、磯宮先生」
怠そうに職員室の扉を開き、これまた怠そうに名前も名乗らず千堂くんは先生を呼んだ。
図書室の管理を任されているのは現代文の磯宮 恵子先生。
三十代前半で黒い髪を後ろでひとつにくくった優しそうなオーラを放つ先生。
まあ、実際に優しいんだけどね。
だから私も大好きな先生だし、千堂くんも磯宮先生には嫌悪感丸出しで威嚇したりはしない。
きっと、磯宮先生のことは信頼してるんだと思う。
私は……私は、どうなのかな?
いつもなら、待ってましたと言わんばかりに、『お疲れ様』とふわふわと笑みを浮かべながら、すぐやって来るのに何故か先生がやって来ない。
だけどドアのところは千堂くんが立ってるから、彼が大きすぎて私には職員室の中が見えない。
どうしたんだろう、いないのかな?
そう思ったら、目の前に立つ千堂くんが職員室から顔を背けた。
「………っ」
そしてほんの一瞬、綺麗な横顔が歪み、何て言ったかまでは聞き取れないほど小さな声がした。