正直、驚いた
俺の名前を安野が知っていたから。他人に興味がないだろうこいつが、他人の名前を覚えるような奴だとは思えなかったから。俺はあー、と曖昧な返事をして、安野をちらりとみた。興味があるから、と言ったら傷付くだろうか、一瞬考えてみたけれどそれはありえなかった。こいつには感情が無いんだから、傷付くわけない。
それが間違った判断だと気付かずに俺は口を開いた。

「感情がない奴なんて、興味沸くし」

また安野を見ようとした瞬間、頬に痛みが走った。ぺちん、なんていう弱いもの。驚いて安野を見たら、傷ついた表情。誰が彼女を傷つけたなんて百も承知だ。謝罪の言葉をと口を開くけれど、安野の表情を見た俺は胸を抉られたような気持ちになった。馬鹿だ。感情の大部分が無くても、感情の欠片はあるんだから、傷付くはずじゃねぇか、この馬鹿野郎。

どんなに自分を罵っても安野が笑ってくれるはずもなく、ちいさな足音をたてて走って帰っていった安野の背中を、俺は黙って見送ることしかできなかった。



(しんぞうが、いたい)