そのときは、それが誰なのかなんてわからなかったけれど。
あまりにも突然で、お礼も言えずに呆然とその後ろ姿を見送ることしかできなかったけれど。
制服の胸ポケットに付けられた、小さなネームプレートに「水無月」と書かれていたことだけは、覚えていて。
どうしてもピアノがやりたくて、中高一貫の私立中学からエスカレーター式に高校へ上がることをやめ、今の高校の音楽科に入って、普通科に水無月くんを見つけたとき。
あ、って思った。
胸が、急にドクンと鳴って。
彼だ、って、思った。
あれから3年も経ってるんだもん、見間違いかもしれない、記憶違いかもしれないって思ったけれど。
……何度目を擦って見ても、やっぱり、記憶の中の彼と同じだった。
愛嬌のある目元も、
唇の横にある小さなホクロも、
サラサラの茶色っぽい髪の毛も。
そして、彼の、名前も。
やっぱり、あのときの彼だって確信した。