そんな水無月くんのことを私が好きになったきっかけは、今よりもっと前にある。
それは、私と彼がまだ中学生だった頃のことだ。
私は中学1年生まで、家の近くの小さなピアノ教室に通っていて、週2回のレッスンは楽しかったけれど結構大変だった。
思うように鍵盤に指が届かなくて、想像したような綺麗な音が出せなくて。
それで、レッスンも思うように進まないことに悲しくなって、レッスンの帰り道、私は思わず泣いていた。
悔しくて、泣いていた。
────そんなとき励ましてくれたのが、水無月くんだったんだ。
もしかしたら、私と同じピアノ教室に通う生徒だったのかもしれない。
それとも、彼の家がピアノ教室の近くにあったのかもしれないし、本当にただ単に通りかかっただけなのかも。
一体どうして私のことを見つけてくれたのかは分からないけれど、すすり泣きをしながら教室を出て、トボトボと歩く私を追いかけてきてくれた、中学の制服姿だった彼は。
「俺はあんたの音、好きだよ」
早口にそれだけ言って、照れたように目線を伏せ、「じゃ」と来た方向に戻っていったんだ。