次の日、綾の話を思い出して、いつもよりも気が重かった。


 榛くんは噂の事、どう思ってるのかな・・・・・。


 面倒くさいって思ってるよね・・・・・。


 私の事、放っておけばよかった、とか思われてたら悲しいけど。


 そんな事を考えながら、電車に乗った。


 駅に着いて、同じ制服を着た人達が学校の方へと歩き出す。


 その中に榛くんの後姿を見つけた。


 黒いサラサラの髪に、広い肩幅、まっすぐに伸びた背中、そして、久しぶりに見る眼鏡をかけた榛くん。


 少し前を歩く榛くんを追いかけるように、私も歩き出した。


「は、榛くんっ」


 呼びかけた声は思っていたよりも小さかった。


 立ち止まって振り返る榛くんは、相変わらずの無表情で。


 次の言葉を早く言わなくちゃと思うのに、焦れば焦るほど言葉が出てこなくて、あの、あのって繰り返すばかり。


「何?」


 この前の時とは違って、その声は冷たい。


 あ、やだ、なんか泣きそう・・・・・。


「この、前、迷惑かけて・・・ごめんね?送ってくれて、あ、ありがとう」


 やっとの思いでそう言って、榛くんの顔も見ずに横を通り過ぎる。


 話しかけるんじゃなかったって、少し、ううん、凄く後悔した。


 あんなに冷たい声を聞くくらいなら、話しかけなければ良かった。


 唇をかみ締めてせりあがってくる涙を堪える。


 榛くんの横を通り抜けるとき、ふわっと榛くんのつけている香水の匂いがして、その匂いを一瞬で憶えてしまう自分が馬鹿みたいに思えた。


 どこにいても、姿が見えなくても、直ぐに見つけ出せる存在。


 幼なじみでもない。
 

 友達でもない。


 なのにいつでも目が、耳が、五感の全てが探す存在。


 嫌わないで・・・・・。


 冷たくしないで・・・・・。


 そう思うしか出来ないのに・・・馬鹿みたい、私。