「あらあら、ダメねぇ。女の子を泣かせるなんて」
突然聞こえた女性の声に、私は慌てて涙を拭いながら顔を上げた。先ほど彼が現れた小屋の影から、貴族と思われる身なりのいい女性が顔を覗かせている。
追いかけっこの見物人かしら? それにしては彼に対してなれなれしすぎるような……。
女性はつかつかと彼に歩み寄り、背中をバシッと叩いた。
「しっかりしなさいよ」
王子様に対していきなり何を!?
私が内心うろたえていると、彼は女性を横目で見ながら小さくため息をつく。
「母さん……」
はぁ!? てことは、王妃様!?
声も出ないほど動揺している私をよそに、ふたりは言い争いを始めた。
「ようやく重い腰を上げたかと思ったら、詰めが甘いわねぇ」
「ロシェがイヤだって言ってるんだから無理強いはできないよ」
「あなたが頼りないからでしょう」
「言わないでくれる? 痛いほど自覚してるんだから」
こうやって見ていると、普通の親子にしか見えないけど、王妃様と王子様なのよねぇ。
私を完全に蚊帳の外に置いて、ふたりの言い争いは次第に過熱していく。待っていてもいつ収まるのか見当もつかないので、私は間に割って入った。
「あ、あの……王妃様?」
途端に王妃様はこちらを向いて、取り繕うようにニコニコ笑う。
「あら、ごめんなさい。うちのバカ息子がいつもお世話になってます」
「いえ、とんでもない。こちらこそお世話になっております」
私が恐縮して頭を下げていると、王妃様の横で彼がふてくされたようにつぶやいた。
「バカは余計だよ」
「好きな女の子ひとり幸せにできなくて泣かせてるような男はバカっていうのよ」
「……何しに来たの? 見守るだけって言ってなかったっけ?」
「ロシェさんとお話してみたかったの」
ニッコリと笑顔を向けられ、私は恐縮しながら首をすくめる。
「光栄です」