男性を見送った後、彼は不敵の笑みを浮かべて私を見下ろす。こんな顔も初めて見た。追い詰められると開き直るタイプなのかしら?


「君は意見を曲げるつもりがないみたいだし、僕も諦めるつもりはない。君が全力で逃げるなら、僕は国家権力を総動員して君を捕まえることにするよ」

「はあぁ!?」


 それって職権乱用じゃない!? ていうか、私情のために国家権力総動員って、独裁者!?

 ぽややん男の豹変ぶりに返す言葉を見失っていると、彼は勝手に勝負の条件を提示した。


「明日、日の出から日没までの間、君が見事に逃げ切ることができたなら、僕も潔く諦めよう」

「いいぞーっ、王子様!」


 突然、隣の席にいた男がおもしろそうに声をかけた。周りを見回すと店中の人が、客も店員もそろってこちらに注目している。

 何度も大声でわめいていたから、興味を引いてしまったらしい。
 誰にも内緒って、意味ないじゃん。

 彼は呑気にニコニコしながら、みんなに手を振っている。国民に笑顔で手を振る仕草は、さすがに板についてると思うわ。

 そんなことを考えている隙に、周りではあらぬ方向に話が盛り上がっていた。


「よーし。この勝負どっちが勝つか賭けないか?」
「オレは殿下に二百セパ」
「私も王子様に五十セパ」
「私はお嬢さんに」
「おい、ちゃんと集計しろ」


 当事者たちをよそに、賭けは異様な盛り上がりを見せ、あれよあれよという間に店の外まで波及していく。

 抜き差しならない状況に、勝負自体を断ることができなくなった。

 彼が国家権力を総動員するなら、軍や警察、国の機関はすべて私の敵。どう考えても圧倒的に私の不利。

 がっくりと項垂れる私の肩を、ふくよかな女性がポンポンと叩いた。


「そんなに気落ちすることないわよ。国家権力はあなたの敵でも、権力と無関係な国民の方が多いんだから。あなたの味方はたくさんいるわ。変装の得意な人知ってるから紹介するわよ」


 こうして私と彼の国を挙げた大掛かりな追いかけっこは幕を開けた。