「納得できない」


 いつになく不快感を露わにした彼の低い声に、私は顔を上げた途端に硬直する。
 目が据わっている。もしかして怒ってる? 初めて見た。


「僕のことを嫌いになったのなら諦めもつくけど、好きなのに王子はダメって意味が分からない」

「だから! 住む世界が違いすぎるんだって言ったじゃないですか!」

「そんなに違うと思わないけど?」


 庶民の暮らしをナメてんのか! 二年前には自分で扉を開けることもしなかったくせに。


「扉は勝手に開くものだと思っていた」


 いけしゃあしゃあと、そうのたまったのはどなたでしたっけ?

 クランベールは科学技術が発展した国だから、そんな扉しかないのかと思ってたけど、王子様だったからなんだ。今までまんまと騙されてた。


「とにかく、あなたと結婚はできません。これ以上しつこく食い下がるのなら、私は全力で逃げさせて頂きます」

「わかった」


 そう言って彼は席を立った。
 ようやく諦めてくれたのかとホッとした瞬間、彼は不愉快そうに私を見据えたままで誰かの名前を呼ぶ。


「ボヌマール」
「ここに」


 いつの間に来たのか、あるいはいつからいたのか、彼の後ろから初老の男性が現れた。まるで空気か影のようにまったく気配を感じない。
 彼はその男性に淡々と命令する。


「今すぐに国境と各交通機関に通達を。彼女が国外に脱出しないように」
「御意」


 軽く頭を下げて、初老の男性は店を出て行った。