私が絶望にめまいを感じているというのに、彼は全く気にもとめず、ポケットからいそいそと小さな細長い箱を取り出した。それを私の目の前で開けて、得意げに中身を見せつける。
「これは代々王妃に受け継がれる首飾りだよ。母さんから預かってきたんだ。これを君に」
銀の鎖の先には、小指の先ほどもある大粒の赤い宝石をいくつも繋げて、ピノワール王家の紋章である葡萄をかたどった飾りがぶら下がっている。
王家の紋章を装飾品などに勝手に使用することは禁じられているので、これは本物なのだろう。そしてそれは彼が本当に王子だということを物語っている。
「明日これをつけて一緒に王宮に行こう」
いやいやいやいや、こんな立派なものに釣り合う服を持ってないし。それ以前に、こんな王家の財宝——。
「受け取れません!」
「どうしたの? 急に敬語なんて」
食いつくところはそこか! やっぱりズレている。
私は深々と頭を下げて、差し出された首飾りの箱をズイと押し戻した。
「これまでの非礼は平にご容赦ください。そして私との縁はすべてなかったことに」
頭を下げたまましばらく待ったが、彼の反応がない。不審に思いつつ顔を上げると、悲しげに見つめる青い瞳と視線がぶつかった。
「わけが分からないよ。さっきは結婚に同意してくれたじゃないか」
さっきまで恋人だった男が、突然雲の上の人になってしまった、この状況の方がわけがわからない。
「状況が変わったんです。あなたのぶっ飛び告白のせいで。あなたが王族だと知っていたら付き合うこともなかったはずです。住んでる世界が違いすぎるもの」
「じゃあ、僕が王族じゃなくなればいいんだね」
こら待て。ニコニコしながら何を言う。王族やめてどうやって生きていくつもりなのか。
だいたい王子様が働いたことなんてあるわけない。実際に彼が働いている現場を見たことがないし。
という事は、私がひとりで働いて彼を養う事になる。五体満足な働き盛りの男を養うなんて理不尽すぎる。そう思った私は思わず怒鳴っていた。
「できもしないこと言わないで!」
彼は途方に暮れたようにため息をつく。
「いったいどうすればいいんだ。僕が嫌いになったわけじゃないんだよね?」
「あなたのことは好きです。でも王子様とは結婚できません。あなたが王族をやめて生きていけないのと同じように、私も王宮では生きていけないんです」
だって想像すらできないもの。小さなハーブ園を営む両親の元に生まれ、ハーブを売る店で働きながら調香師の勉強をしているような庶民の私には。
自分があまりにもちっぽけな存在に思えて、私は自然と俯いた。