引き出しの奥から出てきた写真を眺めて、私は思わず目を細める。

 あの追いかけっこが終わった後、彼に捕獲されているように見えた私をおもしろがって、町の人が写したものだ。

 そこには夕闇迫るハーブ園で、私を抱きしめながら嬉しそうに笑う彼がいる。

 追いかけっこの間、私は国中のあちこちで、たくさんの人たちに助けてもらった。

 みんな国家権力と小娘の勝負を楽しんでいるようだった。

 そして、もしも私が勝負に負けて王子と結婚し、いずれ王妃になったとしても、それはそれで歓迎すると言う。

 庶民な王妃なら庶民の暮らしや気持ちが分かるからということらしい。


「なつかしい写真だね」


 穏やかな声と共に、あの時と同じあたたかい腕が、背中から私を抱きしめた。
 私は肩越しに彼を振り返り、互いに笑みを交わす。


「王宮の暮らしは、今でもイヤ?」
「そうね。やっぱり勝手が違いすぎるもの。でも今は、それほど悪くもないかな?」


 雲の上のことと関心を示していなかった王室が、あの追いかけっこと、祭りのように盛大な結婚式を通して、案外国民たちに愛されていることを知った。

 勝手の違いすぎる王宮内でも、傍らには緊張感のないぽややんとした彼がいる。
 普段はぽややんとしているけど、案外仕事をしていることもわかった。

 彼は私のこめかみに口づけて、耳元で囁く。


「明日、ヴォルネが町の女の子と追いかけっこをするらしいよ」


 彼の弟王子も付き合っている町の女の子に求婚して断られたらしい。町の人たちがまた盛り上がっている様子が目に浮かぶ。

 国を挙げての追いかけっこが、そのうち王室の婚姻儀礼になってしまうのではないかという気がする。


「捕まえることができるといいわね」


 それはもちろん、彼女の心を。
 今度は私が、王妃様の代わりに彼女とお話してみよう。
 私は思わずクスリと笑った。



(完)