それは奇妙な感覚だった。
その豆腐はおいしかった。とてもおいしかった。しかし、呑み込んだ瞬間、急に不安におそわれた。何か食べてはいけないものを誤って食べてしまったかのような気分になった。
幼いおれの肉体が、その豆腐を拒否したかのような、なんとなく、そんな気がしたのだ。
しばらく呆然としていると、階段のほうから、慌ただしい足音が聞こえてきた。
振り向くと、汗だくになった親父が駆けこんできた。
親父はおれを見て、それから開いたままになった黒いケースを見ると、顔を青くした。
「お父さん、どうしたの?」
「・・・・・・食べたのか?」
親父が低い声で聞いた。
「え?」
「勇一郎、・・・・・・その豆腐、おまえ、食べたのか?」
「う、うん」
「馬鹿野郎っ!」
親父はおれを殴った。おれの小さな体は、あっさりと倒れた。
痛みと、そして驚きで、おれは泣きだした。