俺にとって“敬語”っていうのは、人とのコミュニケーションとかじゃなくて。
人と、ある程度の壁を作るための道具に過ぎなかった。
あまり近づきすぎず、遠ざかりすぎず。
ある程度の関係を作るための、道具。
クラスメートはめんどくさいからもうタメ口だけど、ほかのやつらにはほとんど敬語で話している。
なのに、初対面のこんな奴にタメ口で話さないといけないなんて……。
あーもう、調子狂う!
つか、めんどくさい。
「ところで、その顔はどうした?誰かに殴られたようだけど」
その先生――内山先生は、いかにも医者らしく、俺の顔を診察し始めた。
いや、医者なんだけど。
本性的に……医者っぽくないっていうか……。
何かさ……うん、とにかく。そう言う感じ。
俺は先生から目をそらし、俯いた。
「あちゃー。これは結構奥の骨まで折れてる可能性があるな。じゃ、レントゲン室でレントゲン撮って、またここにおいで」
え。そんだけ?
こんなに俺のこといじってたから……何か嫌がらせされるのかと思ってた。
「あ、わかった……」
一応返事をし、診察椅子から立ち上がった。
「じゃ、君。これ、レントゲン室の先生に渡しといて」
「はい。内山先生から、と伝えればよろしいでしょうか?」
「うん。渡せばわかると思うから」
「分かりました。じゃ、行きましょう。藤堂さん」
内山先生についていた看護師が、俺の肩に手を置き、先導してくれた。
「あ、はい。ありがとうございます」
俺は素直に、その看護師について行った。
診察室のドアに手をかけ、外に出ようとした、その時。
「待って。ケーゴ」
「え?」
内山先生に、呼び止められた。
何か……今度こそ、いじられる……?
「何ですか」
「あれ?敬語になってるけど」
―――めんどくせぇっっ!
どうでもいいだろ、そんな事!
もう怒鳴ってやりたい!
でも……。
「―――っ!何だよ!」
俺は、弱いから。
きっと誰にも、逆らえない。
これからも、ずっと。