「あの空を飛びたかったなぁ、やい」



 老人は震える腕を上げて、空を指差した。前腕に挿した点滴が、重そうに見えた。




 「わしはな、近衛兵だったんだわ」




 老人は、腕を降ろした。



 「そうでしたか」


 私は頭の中の患者情報を思い出す。老年の患者さんの場合、軍隊経験の有無は重要なことだった。


 陸軍に徴兵されていた患者さんには「頑張れ」と言ってはいけない。頑張れという言葉は、上官が部下に出す命令の言葉だったからだ。




 辛い記憶など、あえて呼び起こす必要はない。