由希は凌空であって欲しいとそのまま見上げていた。

そうしたらもう一度、今度は確かにはっきりとした声で、「ゆき」と凌空の唇が動き言葉を紡いだ。

それと比例する様に、徐々に赤く染まっていた瞳は元の黒に戻って行き、薄く開いた唇から覗いていた牙はその姿を消した。

由希の腕をあれだけ強く握っていた凌空の大きな手は、震えながら解かれる。


「あ、れ? 俺…」

「り、く…」


不思議そうに口元に手をやり目をキョロキョロと動かしていた凌空だったが、由希の声に初めて下にいる由希の存在に気付き、その姿に固まった。


「あ、あ…。なん、で…ゆき、が――」


青ざめた表情で自らの下に組み敷きされている由希を見下ろす。

乱れた髪。

暴れた事で乱れた服からは、白い肌が晒されていた。

涙でぐちゃぐちゃの顔に、月明かりで照らされ光りを放つ首筋。

その姿に慌てて由希の上から退いた凌空は、その場に座り込む。


「へー、正気に戻ったんだ。堕ちたと思ったんだけどなあ」


ずっと黙っていた男が、少し驚いた様に髪を掻き上げた。