「離してよ! 柊紫音!」


 男の腕をグイグイ押しながら言う。
 それが地雷とも知らずに。


「俺はさっき何て言った?」


 思わず身体が竦む。

 男は笑顔だ。
 だが、その纏うオーラが怖い。

 こんな存在感を放つ人を優羽は自分の祖父以外に見たことがなかった。


「し、紫音……」

「よく出来ました」


 ニッコリ微笑む男——いや、改め紫音は歩き出したが手を離してくれる気は無いらしい。

 優羽は俯いたままその男の後に従う他なかった。


「で?」

「で……とは?」


 建物の間の細い路地に連れ込まれた優羽は紫音の顔をまっすぐに見据える。

 紫音はそんな優羽の頭の横に手を置くとグッと顔を近付けてきた。

 心臓がなにすんじゃ!と言わんばかりに跳ね上がる。


——誰だってそうだろう。


 こんなに綺麗な顔が目の前にあったならば。


 昨日は自分の精神を保つためにその顔をまじまじとは見ていなかった。

 しかし、こんなに近くにいたならば、いくら見たくなくとも視界に入ってしまう。

 この神が創ったかのような完璧な造形物を無視し続けるなんて。

 出来るはずない。