夜の帳が下り、満月が夜を照らす頃
静かな校舎に、気をつけていても靴音が鳴り響く。
靴音というよりもこれは床が軋む音だろう。
木造建築の校舎は、床の所々が腐り、抜け落ちている。壁も傷が目立つ。
"ここが音楽室か・・・"
教室の札を確認し、
部屋を覗くがまだ誰も来ては居ないようだ。
室内を見渡せば、隅にドアがあった。
ドアノブを回してみるが鍵がかかっているようで開かない。
ジャケットのポケットをあさり、財布からピッキング道具を取り出す。
古い作りなので、ピンを差し込み軽く弄るだけで、簡単にドアが開いた。
ドアが開くと同時に、パタパタと忙しない足音が廊下から響き渡る
神咲せつらか、もしくは情報屋とやらが来たのだろう。
すかさず、開けた部屋へ入りこみ、取引現場が見えるように、少しだけドアを開けてその時を待った。
「っはー!間に合った....。良かった、まだ来てないな。」
騒々しく入ってきたのは
神咲せつらだった。
変装をしているのか見かけが随分違うように見える。
まるで少年だ。
ウィッグを被っているのか、ショートカットの髪型に、元々整った中性的な顔立ちではあったが、髪型のせいか少し男らしさがみえるような........、だが声は、神咲せつらの声で、本人に、間違いないはずだ。
神咲せつらは部屋の窓辺へと近づき、一度外を見てからポケットから携帯を取り出した。
「あと1分か......」
携帯の画面を見て呟いた。
この教室の壁掛け時計は、すでに時を刻むのをやめていた。
オレは腕時計を確認した。
あと30秒......
ギシッと床が軋む音が耳に入り
オレは唾を飲み、目を凝らして待った。
「ーー"X"は君か?」
ドアを開けた人物の一言だった。
黒いフードを羽織り、変わった仮面を被っていて顔が見えない。
"X......?"
「え?あ、そう、です!」
「.....約束の物は?」
「10万だろ、持ってきました。あ、でもお金は、情報をくれてからだ!!」
「ーー良いだろう。何の情報が欲しい?」
「ーー魔女を探しているんだ!!何か知らないか!?魔女の居場所を知りたいっ!!」
"魔女!?
何故、神咲せつらが魔女を探しているんだ。魔女は一般人には知られることのない極秘情報のはずだ。何故神咲せつらは知っているんだ!?"
「何故魔女を探す?いや、それよりも、どの魔女だ?」
「え、あの....名前は、知らないんだ.....」
「それでは話にならない。」
「っ、わかった。ちょっと待って」
そう言って、
神咲せつらは後ろを向き、着ているパーカーとタンクトップを脱ぎ捨てた。
"何をしているんだ!?なんで服を脱ぐ必要が......"
突然のことにオレは動揺しそうになるが、今物音をさせれば、オレの持つ疑問は解消されないだろう。
オレは静かに二人のやりとりを待った。
「その背中の証(しるし)は......」
"背中?"
目を凝らして神咲せつらの背中を見つめた。
ある物に気付き、驚愕した。
"まさかっ......!?そんな......"
それを見た途端、
身体中の毛が逆立つような感覚に襲われる。
アレは......
あの証(しるし)は......
「君は"呪われし者"か.....」
"呪われし者"
魔女に何らかの理由で呪いをかけられた者の事で、"呪われし者"の意味を知る大抵の人間はその呪われし者の事を嫌がる。それは不幸を呼ぶ者とも言われるからだ。
"ーー同じ魔女だ......"
仮面の男はせつらの背中を眺めて
「......バラと蛇の証(しるし)、あの魔女か.....。」
「知ってるのか!?」
せつらは仮面の男の言葉に必死な形相で振り向いた。
"!?"
驚いたことに
上半身裸の胸は見事なまでに、いくら貧乳だとしてもオカシイほどに、真っ平らだった。幼児体形か....?
それに女性であるはずなのに
人前で上半身を晒していることに恥ずかしがっている風もない。
反対に、オレは動揺し、思わず物音を立ててしまった。
ガタッと音がした瞬間、二人はオレのいるドアを凝視した。
「だれっ!?」
オレはすかさず近くにあったサングラスをかけ、首にかけていたストールマフラーで口元を覆った。
「四つの宝玉を探してみろ。そうすればその証(しるし)の魔女に繋がるはずだ。」
その言葉に
神咲せつらがオレの隠れるドアへと近づこうとしていた足を止めた。
「え?何だよそれ!?一体どう探せば......?」
「それは、自分で考えろ。まぁ、時が経てば自ずと分かるさ。ーー報酬は貰うぞ」
そう言って、床に落ちているせつらのパーカーからお金の入った封筒を抜き取ると、教室を出て行った。
神咲せつらはタンクトップとパーカーを着るとドアに向かって叫んだ。
「そこに隠れてんだろ?だれだよ!?」
神咲せつらの言葉を無視し、
オレは脱出経路を考えていた。
こういう時、プランは3つだ。
プランA、堂々と教室を出て行く。
プランB、窓から出る。
プランC、隠れる。
プランAとCは無いな。
Bで行くか。
すぐに窓へと向かい、
窓を開け、外を見回した。
窓枠に足をかけた時、
隣の部屋の神咲せつらが
気づいた様でドタバタと部屋へと飛び込んできた。
「ちょっ、待てよ!!あんた一体!?」
神咲せつらの声を皮切りに
オレは窓から飛び降りた。
「おおぅえ!?ちょちょっ!大丈夫かっ!?」
目星を付けた木へと飛び移った。
振り向き、神咲せつらを見ると、何ともマヌケな面で呆然とこちらを見ていた。
「ふっ。」
思わず、吹いてしまい、
神咲せつらに右手を上げて挨拶すると木を飛び降りた。
すぐ傍の樹に
凭れるように芹沢怜愛が立っているのが見えた。
彼女はオレに気付くが不用意には近づかず、オレの出方を待っているようだ。
オレは芹沢怜愛に背を向け走り去った。
* * * * * * *
「アナタに言われた通り、伝えましたよ。」
情報屋の男はそう告げた。
暗闇の奥に
すうっとマントを被った女性が現れた。
「ご苦労様。報酬はそこに.....。」
女性が指差す先には分厚い封筒が置かれていた。
情報屋の男は封筒を手にすると、用心深く中を確認した。
「ーーー確かに。......何故彼いえ、彼女に興味が?」
ふいに湧いた疑問を口にしてから、不用意なことを口走ったと後悔した。
「ーーそなたに教える必要はなかろう?それとも今ここで人生を終えたいか?」
忌々しげにそう言うと、男を指差した。それを見て男は頭を振って答えた。
「いいえ。愚問でしたね。失敬。」
そう言い置いて男は部屋を去って行った。
それを見届けてから女は腕を下げた。
「ふふふ。お前達の出番だよ。せいぜい期待を裏切らないで頂戴よ。」
女は怪しい微笑を浮かべた。
その後ろでは四人の影が月明かりに照らし出されていた。