今度は優しい声ではなく、
何か寂しげな声で男は言う。

「僕の姿はまだ知らないでいい。
いつか、きっとまた会えるから」

「な、なんでっ?
お兄ちゃん、誰なの?」

「お兄ちゃんかぁ。
ははっ、いい響きだね」

男の声に少し涙を堪えるような
力が入った。

「じゃあ、僕は帰るから。
30秒、振り向いたらダメだよ」

そう言って、あたしの頭から
手が離れる。

「じゃあね」

あたしの背後で
男が走っていく音がする。

ここで振り向けば、
少しは男の姿が見れたはずなのに
あたしはなぜか振り向こうとは
思わなかった。