もはや小さな嵐の様に、廃墟の中は荒れ狂っていた。

男は荒れる風にも負けない程の咆哮を轟かせ、自らの背に起こった事実に耐えている。


信じられない光景。


咆哮に促された様に…男の背中は盛り上がり、そのまま皮膚を破り鮮血が噴き上がった。

それでも男は口元を歪め笑う。その薄気味悪い顔の向こうには、背中から突き出た二本の突起があった。
それは血に濡れた赤よりも黒く、目を奪われる程美しい、一対の翼だった。

「な、何よアレ…」

男は強靭な翼を大きく羽ばたかせ、天井に開いた穴の…その向こうを見据えている。
暗い空が見える。
あんなに明るく照らしていた月明かりは、どこにも無かった。

男の身体は軽く宙に浮き、同時にボクの足もスッと床から離れた。もはやここにいる意味も無く、今にも飛び立とうとしている。ボクもろとも。

「ダメ…ダメよ…アリア、行っちゃダメッ!」

ああ…エマ。

「そんなヤツ蹴っ飛ばすの!一緒に帰りましょ!!」

― うん、帰ろう ―


どんどん遠くなる。廃墟の床も柱も。

拘束された身体は指一本動かなくなり、もう何も出来なくなった。



「アリアァァァァァッ!!!!!」



裂けんばかりの声が聞こえる。

彼女の声……。


耳に残る声は風に包まれ、次第に聞こえなくなる。

目に映る彼女の瞳の色は、闇に阻まれもうどこにも見えない。



どうにもならない衝撃と共に、身も心も全て闇の中に消えた。