真彩には、自分に気を使って無理に戯けてみせている気がした。
微笑みで返してあげたかったけれど、出来なかった。
「そうね…」と溜め息のように、もう一度繰り返した。
ーーー司はもう、目を逸らすのを止めたんだ……
そう思った。
「もう、そろそろ寝ようか?お休み」
「お休み。司、色々ありがとう」
そう言って、それぞれの布団の中に潜り込んだ。
布団で横たわる元恋人同士の2人の間には、小さな寝息を立てる2人の幼い子供達。
(…まるで、旅行にきて、旅館に泊まっている家族みたいだ)
真彩は思う。
しばらくすると、夜のとばりの中、部屋の窓の方から、
「真彩」と司の偲ぶような声がした。
「なあに?」
「あのさあ、八重干瀬(やびじ)って、知ってる?」
真っ暗な部屋の中で静かに響く呟く声。
「やびじ…?知らない。なあにそれ?」
司はなぜそんなことを急に言いだすのだろうか…と思った。