「やだ、お母さん。これじゃ、お父さんと貴文の分、なくなっちゃうじゃない。私、もっと少なくていいよ。
あんまりお腹空いてないし」
客間で授乳を終え、食事が準備されている茶の間に戻った真彩が言うと、母は俯いた。
「いいのよ。
あんたは理亜ちゃんにミルクあげなきゃいけないんだから、栄養たくさん摂らないと…それに貴文は帰ってこないよ」
てっきり『今日は』だと思った真彩は
「ふうん」で済ませた。
「………貴文ね。お父さんと大喧嘩をしたの」
座布団に座って食卓に向かい合い、夕飯の鮭をつつきながら、母がぽつりぽつりと語り始めた。
「先週の金曜日ね。それから、出て行ったまま、帰ってこないのよ。
電話しても、留守電のままで出てくれないの」
「えっ、お父さんと貴文、ついにやっちゃったんだ…」
満腹でご機嫌の理亜は、真彩の崩した膝の上にお座りして、食卓に載っている皿に手を伸ばそうとする。
理亜の手がおかずをひっくり返さないよう、真彩は細心の注意を払わなければならなかった。