「コレは、弟の体だよ、昔の僕に似ていたから、借りてきた」
 それは、あまりにも説得力のある言葉で。よく考えれば、この思春期に顔立ちやたち形が変わらないなんてありえないのだ。とくに男子は。
「君に、“夢”を託しにきたんだ」
 そういって、アンジェリケを、綾に渡そうとした。綾は拒んだ。受け取ってしまえば、終わりになってしまいそうだったから。
「君は、僕がいなくてもやっていけるはずだよ」
 言い返したい感情を押し殺すように、彼をにらみつけた。彼は悲しげに目をそらした。
 実際、彼がいなくても生活はできた。でもどこかに、ぽかりと穴が開いたような気がした。非現実的な今を、受け入れられないまま、呆然とブーケを見つめた。
「それに、この世界に残れるのはあと少しだから」
 彼は冷めた声で笑った。それはもう、どうにもできないことを意味していた。
「私も、ついていきたい」
「だめだよ、君は残らなくちゃ」
 そんなことは、理解していた。それでも、彼との別れはそれほどにいやなことだった。踵を返していっそ逃げ出したい衝動に駆られる。受け止めろ、という心の声が聞こえる。
 気がつけば、綾のほほには涙が伝っていた。
「さようなら、なの?」
 不安に駆られて、泣きすがる声で聞いた。
「僕ばかりじゃなく、ほかにも目を向けるべきじゃないかな」
 突き刺さる痛い言葉に、何も声が出ない。ただしゃくりあげて、彼を視線からはずした
「僕にはもう、夢をかなえる権利がないけれど、君はあるから」
 自分の道を、自分で選んで歩く。それが重要だとは、自分でも良く知っていた。今のようにに、彼にゆだねていては、将来は決められない。
「だから、僕の夢を受け取って」
 アンジェリケのブーケを今度は素直に受け取る。そうだ、このままじゃいけないんだ。今度はまっすぐ彼の顔を見据えた。彼はうれしげに笑っている。
「ごめんね」
 彼はそういって去っていった。それからの私は、彼の代わりにと夢を探し、学校生活も充実させるように努力するようになった。
 彼から受け取った“夢”を無意味にしないように。