古いカセットで思い出のビデオを観る。

所々で映像がぼやけて、時おり砂嵐に飲み込まれる。

耳につく音は時おり心をリセットさせた。

「菜月?菜月……」

菜月は殺人ピエロの事件の後、憔悴しきってしまいそのまま家に帰ることもなく精神病棟に入院した。

想次郎は仕事に通っているがそれでも今日までの4日間は心理カウンセラーの元でカウンセリングを受けていたのだった。

「だんだんと今年も暑くなってきたね」

「……」

想次郎は半袖のシャツの襟元を持ち、手を降ると空気をシャツの中に送り込む。

蒸された空気が新鮮な冷たい空気と入れ換えられて、身体を伝う汗を気化させる。

一時的な冷却は矛盾にも感じる片手の継続的な運動によって持続する。

「痩せた、ね……」

「…………」

服の上からでも十二分にわかった。

なによりも、こけた頬、血色の悪い唇、濃いクマ。

視覚に入る全てのものが菜月の今の悲惨な精神状態と身体の状態とを物語っていた。

「何か観ようか」

そう言って想次郎は病室の小さな一人用のTVを点ける。

「それでは続いてはあの悲惨な事件を犯罪心理学の権威でもあります仁科教授をお招きして振り返りたいと思います」

夕方のニュース番組。

綺麗なアナウンサーが淡々と機械のような口調で話していた。

濃紺のスーツに身を包んだ頭の薄い教授がアナウンサーに向けてお辞儀をする。

画面は切り替わり、まるで映画の宣伝かのように囃し立てられた映像編集に想次郎は吐き気がした。

「…………や」

殺人ピエロ、並びに模倣犯による連続的な事件。

各事件の犯人はいずれも20代前半ということから、現代の若者の奇行として幾度もニュースで取り上げられていた。

想次郎は腸が煮えくり返るのを必死で抑え、菜月の変化に気がつかない。

菜月の身体は小刻みに震え、筋肉が強ばって不自然な形で掌が閉じていく。

指は突っ張るのに、親指の付け根のはらは痛いほどに強く他の指に近づいていく。

「こういった事件は警察の捜査でも関連性はないと言うことでしたね。

それについて犯罪心理学に詳しい仁科教授はどう見ておられるのでしょうか?」

想次郎は睨み付けるように画面を見つめていた。

隣では菜月の呼吸はどんどん浅くなり、チアノーゼによって紫に変色した唇から浅い呼吸が繰り返されている。

「捜査によって各地の事件が関系が無いことは分かっている。

これは現代の若者のその多くが抱える問題をよく表した事件だと私は考えています」

仁科は遺憾の意でも表すかのように、頭を抱えるアクションを起こした。

「想像の域を出ないありきたりな見解にヘドが出るね」

想次郎は珍しく舌打ちをした。

「……そう、にい」

消え入るようなか細い声に想次郎はようやく気づくのだった。

「菜月?菜月!!」

想次郎はすぐさまベッドの上に取り付けられたナースコールを鳴らす。

浅い呼吸で震える妹を想次郎は力一杯抱き締める。

「菜月……ごめん菜月オレが

オレがあの時席を離れたりしてなけりゃこんな怖い思いさせなくて済んだかもしれないのに」

ブチッと噛み締めた唇から血が流れ出した。

その時、病室の扉が開かれ、ナースが入ってきた。

「どうしました?」

「妹が、急に」

「大丈夫ですよ。お兄さんも落ち着いて」

ナースは優しくも力強く想次郎の肩をもって、近くの丸椅子に座らせた。

そして菜月に顔を近づけて、だけどしっかりとした声で言う。

「落ち着いて、ゆっくり
息を吸って、大丈夫よ。

落ち着いてゆっくり、そうゆっくり吐いて、そう吸って、ゆっくり吐いて」

同じ言葉が幾度も、しかしはっきりと力強く繰り返される。

呼吸が少しずつ深くなっていき、時おり菜月の意思であろう一口に酸素を取り入れる呼吸が混ざり始める。

その頃には菜月は外からは分かりにくいがわずかに顔を上げ気道を広げる。

「そう、もう大丈夫よ。

苦しかったわね」

まるで長距離走を終えたかのように深い呼吸をする菜月の目はわずかに左右に動かされるが一点を見つめている。

「……あ、松長さん」

小さな声で菜月はナースの名前を口にした。

ショートカットで男らしい印象ばかり受けていた松長が、安堵をたっぷり含んだ満面の笑みで菜月に笑った。